投稿

6月, 2026の投稿を表示しています

6月30日(火)いわい整形外科

  12:40 火曜のヘルパー来訪。ちょうど1週間前(6 .23 )に採った真竹のタケノコが、ゆでたまま冷蔵庫に眠っている。においをかいだ徳見、「大丈夫だよ!」と、ヘルパーとタケノコ料理にかかる。 私は、いつものように2階で昼寝タイムなのだが,どういうわけか眠れず、PCの前に座って、久しぶりに、作りかけのユーチューブ「沖縄編」をやろうかと、 mac の電源を入れようとしたが(ユーチューブは、 mac の imovie を使っている)、何となくその気になれない。どうも、抗ガン剤のせいか、じっくりとユーチューブを作る気力・体力が不足しているらしい。 結局 windows の word を開いて、自分のブログを眺めて、あれこれ直しをしたりして、自己満足にひたってしまう。 ヘルパーが帰ると、タクシーを呼んで、いわい整形外科へ。私のバネ指は、治ったわけではないが、治療を受けても、大して変わらないようなので、徳見だけである。こうして私は「仏頂面をして、必要なことしか話さず、とっつきにくい、へんなジイさん」に戻ったわけである……!(5 .19 )     ウグイスが ツユの晴れ間を 歌い上げ

6月29日(月)北部病院・点滴/サオリ・母

昨年 10 月から始まった抗がん剤の治療、8か月で 10 回目である。 10:00 採血して、その結果をみてからなので、ドクターの診察は 11:30 からである。いつものようにハナが弁当を持って付き添ってくれる。年寄りの病人には、付き添いがいてほしいらしいし、ハナも私の病状が気になるらしく、毎回付き添ってくれる。 待っていると、サオリと母に会う。「今、診察が終わったところ」だという。前回(6 . 8)はサオリ自身の診察だったが、今回は「母の付き添い」だという。サオリは自分と母と二人分の通院だし、私は内科と眼科という、いわば二人分だから、出会う確率は大きいのだろう! こんな偶然は、どうでもいいことだが、何となくおもしろい。 ドクターの診察の結果、とくに問題がないので、抗がん剤治療を続けることになり、「化学療法室」に移動する。ここは抗がん剤の点滴専用の部屋で、 10 台ほどのベッドが、カーテンで仕切られて、何人かの看護士が忙しく立ち働いている。 点滴が終わるころ、マツモトという看護士が入ってきた。彼女は、以前、私が自分で血圧を測っていると言うと、「血圧のデータを見せてくれ」と、何度か言っていた。「マツモトさん、しばらくぶりだけど、どうしたの?」ときくと、「異動になったけど、ここが忙しいのでスケットにかりだされた」という。そして、「血圧のデータ、持ってきた?」と覚えていた。私がゴニョゴニョ言うと、「ちゃんと持って来なきゃダメよ!」と怖い顔で言って去る。 こんな交流も、どうでもいいことだが、何となく楽しい。   生きるとはなどと哲学できないが 小さな喜び余生楽しみ  

6月28日(日)クーラーと肉じゃが・サイドテーブル

  私の部屋は木造アパートの2階で、真夏は夜中でも 30 度を超える。クーラーは、もう 20 年以上前になるだろうか、「脳死・臓器移植に反対する市民会議」の、今は亡き岩生純子(いわおすみこ)が、「買ったばかりだけど、急に引っ越すことになって……」と、5千円で引き取ったものが取り付けてある。 しかし、以後ほとんど使わず、さすがに、今年の夏はクーラーなしでは過ごせないかもしれないと、岩生クーラーに電気を通すと、室外機が異音を発して、うまく作動しない。残念ながら思い出のクーラーを手放して、新しく買うことになった。 そのためには、私の布団のわきに積んである4~5個の段ボール箱をどかさなければ、作業ができない。この段ボールには、 50 年ほど前に、私がやっていた学習塾の「資料」が、未整理のまま突っ込んである。今さら、何の役にも立たないただのゴミなのだが……。 この「ゴミ」を、隣の部屋に移動して、布団のわきがきれいになると、横になって、手を伸ばす位置に、いろんなもの――スマホやら、夜中に飲む水、メモ用紙とボールペン・薬、あるいは充電ケーブルなどが散乱して、何とも見苦しい……のはどうでもいいが、使いにくいので、サイドテーブルを作ろうと思い立った。 部屋には、徳見がまだ元気で歯科衛生士として働いているときに、「船橋のスウェーデン家具店」で買ったという本棚を、ここに引っ越すときに解体して処分した残りの「白いきれいな集合材」や、私が塾で作った本棚のラワン材などが残っている。 1週間ほど前から、それら手ごろな木材を引っ張り出して、「設計図」を書いたり、「角材が必要だから、買いに行かなくてはならないなぁ……」などと思案したりしていた。 今日は、朝から雨模様で、どこにも出かける予定もないし、ちょうど徳見の食料がなくなりかけたので、午後から懸案の !? 肉じゃがを作ることにした(5 . 5・6 .20 )。 1時間ほどで、肉じゃがができあがり、さて一休みしながら、サイドテーブルの設計図を見たりしているうちに、ふと、「何だ、板を5枚組み合わせて、木ねじでとめるだけでいいんじゃないか!」と気づき、板2枚、電のこで切り、組み立てると、わずか1時間足らずで完成してしまった。もちろん、プロが作るように、きれいにはできないけれど、十分に実用的なものができたはずである。 夕食...

6月27日(土)北部病院眼科

  朝起きると、雨は小降りになっていて、食事をしながらテレビの天気予報を見ると、午後には晴れ間も出るらしい。今日の眼科予約をネットから延期したけど、まだ連絡がないから大丈夫だろうと、9 :00 ごろ、小雨の中を、バス・電車で横浜市北部病院へ向かう。 10:00 前について、「再来機」に診察券をいれると「予約がありません」と来た。眼科の受付で事情を話すと、予約延期はキャンセルしてくれたが、診察時間が 11:30 になってしまった……。 それでも、診察は3人目で、 12:00 には終わった。右目の視力は 0.8 で変わらないが、角膜の傷や濁りがなかなかとれないらしい。私としては、もう歳だし、車の運転もしないし、左 1.0 、右 0.8 で十分だから、もういいですよ、といいたいところだが、ドクターは「もう1か月、薬を続けて、それからかかりつけの医者に戻すことにしましょう」と言う。 眼科の通院は、昨年 11 月以来だから(4 .25 )、もう半年以上になるが、あまり苦にならない。命にかかわる病気ではないし、いつも若い女性のドクターで、かわいい(失礼!)し、土曜日に予約がとれるので、帰りに買物したり、時には徳見と一緒に食事したりもできる(6 .13 )。今日も天気がよければ、徳見も来る気になったかもしれない。 ……というわけで、徳見の必需品である「四つ葉牛乳」がちょうど切れてしまったので、帰りにあざみ野駅前のオーケーで、3%引き4本含めて6本を背負って、雨の中を帰ってきたのであった。   買物が目的なので雨の中 ついでに通院ぴちぴちジャブジャブ

6月26日(金)台風7・8号

  二つの台風が、明朝、相次いで「直撃」状態だといい、今日は雨模様の一日で、風はそれほどではないが、夜になって、雨足が強まったきた。 2004.10. 9の台風 22 号で、徳見家の裏山が崩れた。隣の板金工場に土砂が流れ込んだが、幸い住宅部分に被害はなかった。そのとき崩れた崖の部分を市が修理し、以後 20 年以上、山崩れを起こさないように、気をつけながら山とつきあってきた。 しかしながら、やはり今回のように2つの台風が直撃して大雨となると、やはり心配になってしまう。 とにかく、何事もなく台風が過ぎるのを待つだけだ。徳見は家じゅうの雨戸を閉めさせて、テレビをつけたまま、横になってしまう。もっともこれは別に台風のせいではなく、横になっているときはいつも、眠っている間も、テレビはつけっ放しではあるが……。 明日 10:30 北部病院眼科の予約だが、「台風のため」と予約変更の手続きを、夕方、ネットでする。日にちの変更だけだから、時間はあとでメールなり電話で連絡がくるのだろう。 ……などと書いていると、突然ガタガタと揺れだす。地震とくればすぐに 2011 年の東日本大震災を思い出し、また、大雨と地震と崖崩れはセットだから、思わず身構えてしまうが、数秒でおさまる。 すぐにテレビを見ているハズの徳見の部屋へ行くと、すでにNHKで地震速報をやっていて、徳見が「山梨方面や関東地方の……」などと解説してくれる。 古来より、政治と天変地異とは結びつけて考えられていたが、偶然起こる天変地異が、政治に影響を与えるのは必然だろうけれど、とくに安倍政治以降今に至る、急激に戦争へと傾斜していく政治の流れを見ると、地球温暖化をはじめとする「天変地異」が、人心に影響を与えている……などというと、根拠もなく妄言を吐くなと叱られそうだ!   台風と教師の説教頭下げ 何事もなく過ぎ去るを待つ

6月25日(木)ヘルパーの別れ

  2009. 2に、徳見が「くも膜下出血」で倒れ(5 .12 ・6 .12 )、フロで体を洗うのが不自由になってしまった。そのため、翌 2010.10 から、ヘルパーに来てもらうことになった。以後、週3回・3人・各3時間体制で、入浴介助を中心に、料理や掃除などをするヘルパーを派遣してもらっている。 ヘルパーは時々代わったが、当初から一貫して 16 年、変わらずに来てくれていた、木曜のヘルパーが、「もう 70 歳だし、疲れたから……」と、会社を辞めることになり、徳見家に来るのも、今日で最後となった。 このヘルパーは、他のヘルパーと違って(6 .19 )「ヘルパー意識?」が固くて、決して「コーヒースイーツ」はしないし、シソ一枚持って帰らない。だから長続きがしたのか、だから 70 歳にしてヘルパー稼業に疲れたのか……。 今日、別れ際に徳見「……そのうち遊びに来てください」というと、「利用者さんとは……」と最後まで「ヘルパー意識」が固かった。 16 年仕事としてのおつきあい 終わればただの他人どうし

6月24日(水)多摩プール(10)/プールのガビ

   私がプールに入り始めて、もう 10 回になる。何度もプールで出会って、顔見知りになって、話がはずんでいるジィさん・バァさんグループもいる。私もそろそろ何人か見た顔がいるけれど、こういうところで、「知らない人」とあいさつしたり話したりするのが苦手な私は、なるべく目を合わせないようにして、お互い素知らぬ顔である。 徳見は、もう 20 年もこのプールに通っていて、何人か親しく話すようになったジィさん・バァさんもいたが、今は一人だけ――私がまだプールに入る何年も前に、徳見からきいて、「ガビ」と名付けた……、そのガビが今日もいて、「リラクゼーションプール(通称お風呂)」の中で、ゆっくりと徳見と親し気に話す。私は3度めだが、少し離れたところにいて、知らん顔である。 ガビは、歳のころは6~ 70 歳というところか。ふっくらと肥え太って、動くのも大儀そうだが、若くて細いころは、そのヨーロッパ系の顔立ちも含めて、さぞ美人で、男にモテモテだっただろうと思われる。どのような人生を歩んできたの分からないが、その人生の一端を、徳見にいろいろと話すらしい。 以前徳見から聞いていた話では、一度ガビにつかまると、なかなか放してくれなくて……などと言っていたが、私の見るところでは、そんなことはなく、適当な話の切れ目で「お風呂」を出て、徳見もガビも、プールへ向かい、ガビは、プールの片隅で黙々とストレッチを続ける。。 徳見の話だけで「プールのガビ」などという名前をつけてしまい、申しわけないが、今さら名前をきけないと徳見が言うので、しかたがない(ガビとは、ガビチョウのこと)。 今日は何となく暑くて、「プールの水がぬるい」と言い、のぼせちゃう……と、少し早めにプールを出る。 待っていたサキが、今日の昼食の場所をさがしてくれて、「ピッツェリア馬車道」というイタリアンのレストランで食事。 パスタ2品とピザ1品、前菜にイカフリット、デザート1品を3人で食い、 4000 円弱。値段も味もまぁまぁというところか。 1300 円程度で、ピザ食べ放題というコースもあって、たまたま隣のテーブルの若い女性、さらにその向こうの若い男性の前に、時々ウエイトレスが来て、「○○のピザができました」と言って、1切れ置いてゆく。 「今度は、この食べ放題にしようか」などと、できもしないことを言...

6月23日(火)タケノコ「退治」/いわい整形外科

  12:40 火曜のヘルパー来訪。今日も、徳見「タケノコが出てるよ……」というので、先日(6 .19 )同様、草刈り鎌と籠を持って、山へ向かう。1~2メートルほどに伸びた直径5~7センチほどの細いマダケ(真竹)の「タケノコ」を鎌で根元から切り、先端部分の 30 センチほどを籠に放り込む。8本ほど「収穫」する。 山が荒れるのと景観を守るための「竹退治」なのだが、こんな細いタケノコでも、タケノコはタケノコで、せっかく採ったのだから「食べさせていただく」のである。 ついでに、アジサイの花も何本か切り取る。足元は、ミョウガの林である。もう1~2か月もすれば、真夏の暑い盛りに、ミョウガ採りをしなければならないなぁ、今年は(体力的に)できるだろうか……などという思いが頭の中をかすめてゆく。 戻ると、徳見とヘルパーのコーヒースイーツタイムが終わったころで、さっそく徳見がアジサイの水切りなどする。私は、ヘルパーにタケノコの処理の仕方を教えると、昼寝の時間である。 ヘルパーが帰るころ、徳見とヘルパーが作った大鍋いっぱいのカレーがガス台に乗っている。徳見と私の2人だけで、こんなに食えるわけがない!  ……というわけで、 15:40 、ヘルパーが、カレー半分とアジサイを持って帰って行く。 そして、 16:00 タクシーを呼んで、いつものようにいわい整形外科へ向かう。   真竹の子 ツユ晴れの空 切り裂いて

6月22日(月)内科通院(そよ風クリニック)・まいもん寿司

  10:00 サキが車で迎えに来て内科へ。 診察、薬局で薬をもらって、 近くのロピア・ビバホーム・キャンドゥなどで買物のあと、たまプラーザの「まいもん寿司」へ。6 .13 にセンター南の店に入ろうとしてやめたのだが、「今日は嶋田の誕生日」というわけで、高いのを覚悟して!?初めて入る。 平屋建てのけっこう大きな建物で、 100 人は入れそうな広い店内に、ちょうどお昼時で、9割がた席は埋まっている感じである。とにかく、こういう店では、何を注文したらいいのか、よく分からない。あれこれメニューを見て迷ったあげく、徳見が「ランチメニュー(にぎり 12 貫)」 2500 円を2皿と金目鯛のアラ汁 500 円を頼む。 徳見は、にぎりを2~3個食い、アラ汁がうまい!と絶賛しつつも、半分も食べない。私は、にぎり4~5個食うが、私の味覚では、その辺の「 100 円寿司」と大して変わらない味で、 100 円寿司なら 12 貫は6皿で、せいぜい7~ 800 円程度かと思うと、何となく興ざめしてしまうが、それは顔に出さず、「さすが、まいもん寿司は違うねぇ……」などと、調子を合わせる。 小柄なサキは、「 くら寿司」などへ行くと5~6皿しか食べないから、最後に 500 円のスイーツを3人で食べると、みんなハラいっぱいである。これで 6500 円あまりだから、 100 円寿司の2~3倍の満足は得られた……かな? 店を出ると、隣に「ベルグの4月」というケーキ屋がある。ここも有名な店で、サキがケーキを買いたいという。「どれがいい?」というので、徳見と私が適当にケーキを選ぶと、プレゼントに買ってくれるというので、私への誕生日プレゼントのつもりなのだろうと、ありがたくいただく。サキ、ありがとう。   八十五 生きてツユ空 寿司の味

6月21日(日)陶芸

 昨( 2025 )年 10 月に車の運転をやめてから、 10 月はタクシー、 11 月は電動車イスで、近くの地域ケアプラザの陶芸サークルに行ったのだが、 12 月から、メンバーの一人・スギウラが、車で送迎してくれることになった。彼女は、 2024.12 に参加し、翌年の4月に、 100 歳の母を連れてきた。 100 歳とは思えないほど達者で、指導者・カジヤに助けられながら(これは徳見も同じだ!)器をひねっている。 前回(5 .17 )は、スギウラ母が帯状疱疹にかかったため、スギウラも陶芸を休んだので、タクシーで行った。今日は9 :30 迎えに来てくれて、途中スギウラ母を乗せて、ケアプラザへ向かう。「帯状疱疹痛かったでしょう?」と聞くと、「何の話? 知らないよ!」と言う。そばでスギウラが「皮膚が真っ赤になったけど、全然痛がらなかったよ」と解説する。 100 歳にもなると、痛みを感じないのだろうか !? 今朝は幸い雨も上がり、プランターに勝手に生えているシソのジャマな部分を間引きして持参し、古参格のハラダに「皆さんに分けて……」と渡す。彼女も、いろんな病気を抱えているというが、 80 歳とは思えないほど若く見える。 もちろん「元気」だから、こういうところに参加できるのだろうけれど……。   シソの香に 追われるように アリ二匹

6月20日(土)ブログとユーチューブと肉じゃが

   今日は1日中雨で、ちょうど何の予定もない。こんな日こそ、このブログを始めてから、全くやれていないユーチューブをやろう、とPCの前に座るのだが、抗ガン剤のせいか、すぐに眠くなってしまう。今日は朝寝2回、昼寝も2回、夕方1回、計6時間以上寝てしまった。 ユーチューブは、これまで撮り溜めたビデオや写真を使って、徳見の裁判の記録や、孫たちとの「交流」を作り終えて、今は、 2006 年の「沖縄旅行」を作りかけている。胃ガンで「余命いくばくもない」ことなど知らなかったころ、「余生の暇つぶしの自己満足に……」と始めたのだった。しかし、今はこのブログのために、暇がなくなってしまった。 昼寝の合い間に、肉じゃがを作ろうと、牛肉を解凍して、冷蔵庫をみると、ジャガイモが 1 個しかない。「これじゃあ肉じゃがは作れないなぁ……」と思案していると、徳見が「切り干し大根の肉炒めを作って……!」といい、またも肉じゃがはおあずけとなってしまった(5 . 5)。   ブログやらユーチューブやらいつまでも 自己満足ができるしあわせ

6月19日(金)ヘルパー来訪

 いつもの金曜のヘルパーの代わりに、 12:30 イイダが来る(5 . 5)。サ責(サービス提供責任者)とはいえ、若いせいか、もっぱらヘルパーの穴埋めをさせられて?いるらしく、会社から支給されたというバイクで、いつも登場する。 今朝、徳見が外を見て、「大きいタケノコが生えている」と叫ぶ。見るとマダケ(真竹)が3メートルほどに伸びている。毎年この時期にマダケのタケノコを採るのだが、すっかり忘れていた。 徳見とイイダがコーヒースイーツしている間に、長靴に履き替え、草刈鎌を持って採りに行く。以前なら、山の奥まで登って採ったものだが、今はとてもそこまで行く自信がない。手近なところに生えて景観を悪くする数本を切り取って、ついでに数個の花をつけているアジサイを一枝切り取る。 キュウリとゴーヤのツルの誘引や選定をし、ついでに日陰を作ってじゃまになっているシソを間引きする……。 徳見は、サンショの葉や実のしょうゆ漬けの小瓶を冷凍庫から出して、味見させて自慢する。 ――こうして、料理と入浴が終わると、イイダは、採りたてのタケノコ・アジサイ・シソ、そしてサンショの葉や実のしょうゆ漬けなどを下げて、実家に帰ってきた娘のように、楽しそうに、バイクで颯爽と引き上げていくのだった……。 ――などということを、ヘルパーは決してしてはいけないらしい。 介護保険制度ができる前、ヘルパーは、措置制度のもとで、役所から派遣されていた。「横浜市ホームヘルプ協会」という市の外郭団体だが、管理するのは市の役人である。 当時のヘルパーは、料理が上手な人が多かったように思う。「家政婦」的な感覚でヘルパーをやっている人が多かったのかもしれない。また、半年、1年ほど経って、せっかく気心が知れてきたころには「転勤」になってしまう。これは、「利用者とヘルパーが癒着してはいけない」という、管理する役人の発想である。 2000 年に介護保険制度が始まり、「横浜市ホームヘルプ協会」が「横浜市福祉サービス協会」に変わった。「措置」から「契約」になり、協会は「完全に市から独立した」というが、名前に「横浜市」ついているように、市の「高級官僚」の天下り先になっているらしい。 したがって以前からの「体質」はあまり変わらず、徳見は、何度か担当者とケンカをしたあげく、今の事業所に代わってからは、ヘルパーと個人的にも楽しくつきあってきた。時に...

6月18日(木)チター練習

 昨日チター教室で、先生が「バラの女王」の楽譜をくれて、「二人で弾いたら……」という。さっそく、昨日の夜から、「スコアメーカ-」というソフト(アプリ)で、パソコンに入力して、曲の感じをつかむと共に、伴奏パートのヘ音記号をト音記号に変換するための作業をはじめる(ヘ音記号で書かれた楽譜は読みにくいのだ)。 今日午後には完成して、夕食後、いつもの練習時間になって、まず、パソコンの演奏を聴いてみる。徳見「あんまりいい曲ではないなぁ……」とは、はじめてスコアメーカーの演奏を聴くときの、いつもの感想である。パソコンの演奏は、音符をただ機械音にしただけの無味乾燥なものだ。 とにかく、二人で最後まで弾いてみる。徳見は初めての楽譜でも、何とか弾いてしまうが、私はそうはいかない。ほとんど徳見の演奏を聴くだけである。 弾き終わると、徳見「これを二人で弾くの……?」言って、可も不可もない。私は、今練習している2曲にこれも加わって、3曲は気が重いなぁ……と思いつつ、「そのうちの2曲にしたら……?」というしかない。   何のためチターをやるかと自問する ボケ防止としか言えぬさびしさ

6月17日(水)チター教室

2週間に1度、新宿住友ビル内の「朝日カルチャーセンター」での「チター講座」に参加。2週間前(6 . 3)は台風のため休講となったので、4週間ぶりだ。 10:30 すぎ、タクシーを呼んで、あざみ野駅から電車を乗り継いで、都営地下鉄・都庁前で下りて、住友ビル地下のレストラン「 Dishers 」着いて時計を見ると、何と 12:40 だ。レッスンは 13:00 からだから、あと 20 分しかない。急いでレモネードとチーズトースト、計 880 円を注文。2人で一人前だが、徳見は、レモネードは口に合わないらしく、半分ほどしか飲まず、トーストについてきた3口分ぐらいしかないポテトサラダを1口食べる。 私はトースト1枚とポテトサラダとレモネードの残りだが、それでもレモネードは少し残ってしまった。こんな小食でも、胃ガンが占拠?している胃袋には十分だった。 遅刻したって別にどうということもないのだが、律儀な徳見の流儀には合わない。何とか5分前には教室に入ることができてホッとする徳見だった。   レストラン一人前で2人分 懐かしいなぁ「食べ放題」が……

6月16日(火)鶴見大歯科・いわい整形

  私はこの歳になっても、歯を1本も抜いていない。ただ、歯の丈夫が仇となって?梅干しの種を歯で割って、中の「天神様」を食べたり、鶏の骨をかみ砕いてしゃぶったり、夏は氷をガリガリかじったりしてきたためか、 10 年ほど前に、奥歯が2本割れているのが分かった。通っている鶴見大歯科のヤマザキ Dr. は、「抜くしかないだろうなぁ……」と言うのだが、「痛くも何ともないないから抜きたくない」と言うと、針金でしばってくれた。 2か月ほど前、その1本が欠けて、針金が浮いてしまった。7月にヤマザキ Dr. の診察予約が入っているので、そのときまでがまん……していたが、とうとうがまんしきれず、歯科衛生士・徳見に頼んで、おととい、ニッパで切ってもらった。その針金の切り口が、舌に当たって、痛くてしかたがないので、やむなく今日、鶴見大まで行ってきた。 初診扱いで、担当の「保存科のクロサワ」と名乗る、学生かと思うような若い女性のドクターは、手際よく針金部分をコーティングして、「あとはヤマザキ先生が……」と、あっさりと「治療」は終わった。 この歳になって、はじめて歯を1本(もしかしたら2本)失なうのか……と、帰りの電車の中で感慨にひたっていると、胃ガンで余命いくばくもない人間が、歯の1本や2本で感傷的になるなんて!……と、苦い笑いをかみつぶすのだった。 14:00す ぎ帰宅して一休み。 16:00 すぎ、タクシーを呼んで、徳見の「いわい整形外科」通院である。   間食もスイーツも知らず育った子 歯磨きは一度 朝食の前  

6月15日(月)多摩プール(9)/役所

   朝から小雨模様だったが、 10:00 サキが車で迎えに来るころには、ほとんど上がっている。 多摩プールは、親子連れで大にぎわいだ。近くにいた子にきくと「土曜日、授業があったから……」とのことで、どうやら「授業参観」があって、今日月曜は学校が休みらしい。 父親は、子どもと一緒に泳いだり潜ったりして、けっこう疲れるらしいが、母親は、子どもたちが楽しそうに水遊びをしているのを、黙って見ている。どの母親も、幸せそうな顔で、例えてみれば、慈悲にあふれた観音様のような、実にいい顔で、母親というのは、自分の子どもの幸せが自分の幸せなんだなぁ……と思わされる。 そんな中、徳見は淡々といつものように、プールと3 7℃ のリラクゼーションプールを何回か往復し、プールの後、サキと「オリーブの丘」で食事し、今日も、「こんなにハラいっぱい食べて、一人 1000 円ちょっと…… !?  安いねぇ ! 」などと叫ぶ。 帰りがけに、青葉区役所に寄って、「通院交通費」の請求書類を届ける。受付に書類を渡すと、「地区担当員・タカハシ」に届けに行ったようだが、しばらくすると戻ってきた受付は、「書類を受け取るだけでいいです」といい、タカハシは出てこない。 こんなのは初めてで、たとえ「書類を届けるだけ」でも、ケース本人(徳見)が来れば、担当者は(在室していれば)必ず出てきて、お追従の一つも言うのが常だった。 そういえば、以前の担当者・マツモトから、このタカハシに代わり、この4月 16 日に、徳見家に二人で「あいさつ」に来た。 15 分程度のやりとりだったが、タカハシは、ほとんど口をきかなかった。「何か愛想がないなぁ……」という印象を持ったことを思い出した。   横浜市相手に2つ裁判を やったけれども役所は苦手

6月14日(日)ブドウの袋

  徳見は 96. 5に、港北区篠原町から今の青葉区のアパートに引っ越した(その1か月前に孫のチハルが産まれた)。その2年後の 98.12 に、知人のエンジョウジというおばあさんが、住んでいた港北区樽町の古いアパートが壊されるというので、都筑区の勝田(かちだ)団地に引っ越した。 そのとき、引っ越しの手伝いをした私は、アパートの外階段にからみついていたブドウを、短く切って、引き抜いて、今のアパートに植えた。 そのブドウが、おととし(植えてから 26 年!)急に枝葉が勢いよく伸びて、ベランダのフェンスにからみついて、はじめて何房か数えるほどの実をつけた。今はやりの巨峰やらマスカットやらと違って、ブドウの「原種」のようなものだから、粒も小さくて大しておいしくないだろうと、そのままヒヨドリがつつくにまかせた。去年はさらに多くの房をつけたが、これもヒヨドリのエサとなった。 今年の春は、勢いよく伸びた枝の数本を2階のベランダにまで誘導した。毎年、徳見の部屋の「緑のカーテン」作りをしているのだが(5 .14 )、これでその必要がなくなればありがたい。 上のほうにも下のほうにも、多くの房がぶら下がっていて、「今年もヒヨドリが喜ぶだろうなぁ……」などと思っていたら、何人もが「もったいないから、袋をかぶせたら……」という。 ――というわけで、近くの荏田に住んでいて、畑があるから仕方なくか、楽しくか分からないが、「農業」をやっているマツザワ(5 .13 )にラインすると、さっそく農協で袋を買ってきて、 140 万円で買ったという新車の軽乗用車で、今日届けてくれた。 100 枚入り 1170 円で、「 10 枚もあればいいんでしょう、残りは私がトウモロコシに使うよ」と言っていたが、ブドウの現況をみると「こりゃあ、 10 枚では足りないなぁ……」と、半分ほど置いてゆく。「ガソリン代も含めて……」と 1000 円出すと、律儀に 500 円の釣りをよこす。 いい友だちを持ったものである!   ブドウの木 28 年待っていた 夏の日ざしがさえぎられるを

6月13日(土)北部病院眼科・外食

   私の「眼科通院」の日だが、梅雨があけたかと思うような快晴で、徳見と「お昼、どこかでおいしいものでも食べようか?」ということになる。 10:00 診察予約なので、9 :00 タクシーを呼んで、あざみ野駅へ。市営地下鉄でセンター南駅へ。それから 10 分ほど、車イスを押して9 :45 ごろ病院に着く。検査は 10 分、診察は5分ほどだが、会計をしたのがちょうど 12:00 。その間、2時間あまり、「タリーズコーヒー」でアイスコーヒーを買って飲み、2回ほどトイレに行った以外、徳見は車イスに座ったまま、じっと待っていたことになる。 食事は、「港北東急」内のレストランには、よく行っているので、今日は駅近くの「サウスウッド」というビルへ行ってみる。「まいもん寿司」という「おいしいけど高い」と話には聞いていた店があった。何組か待っているようで、人気の店らしい。徳見は看板のメニューを見て、入る気にならないようで、隣の「マヤレストラン」というインド料理らしい店に入る。 私は「ナンカレーのセット」、徳見は「海老チャーハン」を頼む。チャーハンは、2人で何とか完食したが、ナンは「1回だけお替りできる」というが、お替りするどころか、食べきれず、半分持ち帰ることになった。 店を出ると「今日は外れだねぇ……」と徳見。いえ、私と2人だけの食事では、外れはいつものこと。孫のチハルやアオイ、あるいはユキ・サキなどがいれば、今日の料理も、「けっこううまいねぇ!」となるはずなのだが……。    外食はメンバーにより味変わり 徳見ぶつくさ嶋田しょんぼり  

6月12日(金)一輪咲きアジサイ

   「モモちゃんの花がないなぁ……」と徳見がつぶやく。モモというのは、 2009. 1 .24 に 16 歳で死んだネコで、その死を悲しんだのが引き金になって、ちょうど1か月後の2 .24 に徳見がくも膜下出血で倒れた。 モモが死んだ翌日、当時よく使わせていただいていた蓼科の「原山荘」で、モモを荼毘に付した。持ち主の原さんがいて、 30 センチほど積もった雪の庭で、薪を燃やして、昼過ぎから夕方までつきあってくれた。 モモの「遺骨」は、今でも徳見の部屋の片隅に置かれて、いつも花が飾られている。その花がなくなってしまったという。 ちょうど山は青や白のアジサイの花が見ごろになりかけている。さ っそく長靴に履き替えて、足元に細心の注意を払いながら、何本か切り取る。 奧のほうに1本だけ大きな赤いアジサイが咲いていて、徳見が窓辺から眺めては、来る人ごとに(といっても、ヘルパーぐらいだが……)「きれいでしょう!」などと「自慢」しているのだが、そばで見ると、わずか 30 センチほどの茎が、地面から 1 本だけ出ていて、先端に咲いている。一輪咲きという風情である。近くに何本か同じ株から生えたらしい茎が伸びているが、花をつけているものはない。 さて、この花を切って飾ろうか、それとも「やはり野に置けレンゲ草」で、このまま窓から眺めていたほうがいいのか……。しばらく迷ったが、思いきって切ってしまった。 12:30 金曜のヘルパー来訪。例によって、一緒にコーヒーやスィーツなどしながら、徳見は私が採ってきたアジサイの枝葉を整え、水切りなど始める。それを見て、ヘルパー「徳見さん、お花の先生みたい」という。 ひとわたり終わると、2束に分けて、 1 束をヘルパーにプレゼントする。見ると、全山にたった 1 本しかなく、私が切ろうかどうしようか、さんざん迷った赤いアジサイが、ヘルパーの束に入っている……! 徳見とはそういう人なのだ。人には「自分がもっともいいと思うものをやる」のである。陶芸で気に入ったものができると、人にやるのも同じだ。料理も然りである。 ただ、料理の場合は、徳見の味覚が独特で、甘からいもの・酸っぱいもの・甘酸っぱいもの・トロッとしたもの( ex. あんかけ)などはダメで、こういう料理は基本的には作らないが、そうではなくても、私やヘルパーが作...

6月11日(木)ブルーベリー届く

   朝食の片づけも終わり、のんびりしていると、クロネコの宅配便が段ボール3つ、一抱えにして持ってくる。8日(月)の北部病院診察のときに処方された「イノラス配合経腸用液」という「栄養ドリンク」で、1日3回、3週間分なので、かなりの量になる。これを処方するとき、久保田ドクターは「これはうるさいんだよなぁ、医療費削減で……」としぶりつつも、「でもいいや、病名をつければ……」とつぶやいていた。このところ少し食欲が出てきて、このドリンクのせいかどうか分からないが、体重も2~3キロ増えたから、次回はドリンクを少し減らしてやろうか、などと思っている。 荷物を玄関先に置いたまま「のんびり」の続きをしていると、 10 分もしないうちに、今度は郵便の小包が届く。上書きをみると「村田公男」(5.13)、「ブルーベリー」と書いてある。 そういえば、5 .20 にチターのレッスンから帰ると、インゲンやエンドウなどが届いていて、お礼の電話をしたとき、「そのうちブルーベリーを送るよ」と言われたことを思い出した。 さっそく開封すると、おととい(9日)の『神奈川新聞』が敷いてあって、何となくうれしくなる(『神奈川新聞』は、今の「堕落した」ジャーナリズムの中で、しっかりとがんばっている……と思う)。徳見を呼ぶと、部屋から出てきて、2~3粒口に入れると、「そんなに酸っぱくないねぇ、村田さんにお礼を言っておいて……」といって、すぐに部屋に引き上げてしまう。まだ眠かったらしいが、こういうそっけないのも徳見流だ。  冷凍庫に入れて、今食べているカルディの冷凍ブルーベリーがなくなったら、この村田ブルーベリーを食べることになる。これまでの例でいえば、「やっぱり村田さんのブルーベリーはおいしいねぇ……」と言うはずである。   居ながらにブルーベリーが届く朝 摘んだ知人の汗思われる

6月10日(水)多摩プール(8)/牛肉

  先週はサキの都合でプールなしだったので、2週間ぶりである。どんよりとした梅雨空ながら、予報によれば午後から日が出るらしいので、昨日のヘルパーに切っていただいた干しリンゴを、2階南側の窓辺につるして、窓を開け放しておく。日に当てて早く乾かさないと、カビるおそれがあるのだ。 予定通り 10:00 サキが車で迎えにきてくれる。サキには、高2と小4の子どもがいるので、これ以上早く来るのは難しいらしい。 途中「ヤマギシファーム」で牛肉・豚肉そしてパンなどを買う。べつに「ヤマギシズム」を信奉しているわけではないが、ここの牛肉がおいしい。しかも 1300 円/ 300g だから、安い! その昔、徳見がまだ障害者になる前、新横浜(そのころはまだ原野だった)の裏・篠原町に住んでいたころ、月に1度ぐらいか、ヤマギシのトラックが来て、「鶏の頸肉(くびにく)」がおいしくて、よく買ったものだった。その話をレジのおじさんにすると、「う~ん、今は(移動販売も頸肉も)やってないなぁ……」とのこと。 そのあと、「業務スーパー」で、 3500 円あまり買物して、多摩プールへ。そして帰りは、腹をすかせて待っていたサキと、玉川学園近くのサイゼリヤでゆっくりと食事。 ここのサイゼ(サキはサイゼリという……どうでもいいけど)は、メインストリートから外れたローカル道路にあるためか、いつ行ってもすいていて、「そのうちつぶれるんじゃないか」と心配している (数年前プールの帰りによく寄った、川崎市はるひ野にあったサイゼが、いつ行ってもすいていて心配していたのだが、そのうちつぶれてしまった)。 しかし、今日は 13:30 を過ぎているのに、珍しく3組ほど待っていた。それでも 10 分もたたないうちに入ることができた。どうやら「たまたま」だったらしく、それ以後、待ち人はいないようだった。 徳見はプールに入っているときから、「のどが渇いた」「コーヒーが飲みたい」などと言っていて、サイゼに入るなり、ドリンクバーのグレープジュースを4はいも、立て続けにお替りする。そして、サキが見つくろってくれた料理を少しづつつまんで、最後のデザート「ティラミスクラシコ」を半分食べて、「もう食えない!」と叫ぶ。 私はその残り半分と、「トリフアイスクリーム」をサキと半分こにして食べ終わると、徳見が注文用紙を見て「こ...

6月9日(火)いわい整形外科

   午前中、梅雨らしいシトシト雨が止んだ合間に、ゴーヤの剪定をしたり、ミニトマトの支柱を補強したりする。こういう日は蚊がいないので、外作業は楽である。 12:40 火曜のヘルパー来訪。シソを間引いて、一束持って帰っていただく。 16:00 タクシーを呼んで「いわい整形外科」へ。徳見は針治療、私はチカコ先生(副院長)の診察で、ライザー(温熱)に加えて「吸盤をつけて電気刺激」の治療を加える。週に1~2回、3分や5分の刺激で腱鞘炎が治るかどうか分からないが、どうせと徳見行くついでの「おつきあい」のつもりである。   キュウリの手 バネ指の手に そっと触れ

6月8日(月)北部病院点滴

  朝、ハナから電話。マコトがいるから、車で(病院まで)送るという。梅雨らしいシトシト雨の中、マコト車で北部病院へ。 30 分ほどで着く。マコトはそのまま引き上げ、ハナと2人、採血室へ行くと、なんとサオリと出会う。 そういえば、少し前に会ったとき(5 .10 ・ 16 ・ 30 )、サオリと母が北部病院に通っているとは聞いてはいたが、まさか、こんなところで、会おうとは! もちろん別に驚くほどのことではないが……。 久保田 Dr. の診察で、「治療とは関係ないが、研究のため、キイトルーダ(免疫チェックポイント阻害薬)の効果を見たいので、胃ガンの細胞を取りたい」とのこと。ハナは「取ると血が出たりするんでしょう……」などと心配してくれるので、私が「たくさん取って、ガン細胞を減らしてほしい」と軽口をたたくと、ドクターは「それは無理だよ」とまじめな顔で言う。 別に「医学の進歩のため」などはどうでもいいが(4 .29 )、ドクターがなにかと「 84 歳(という高齢者)だから……」というので、そのあたりに興味を持ったのではないか、などと推測し、それは、私自身にも関わる問題でもあるはずで、いずれ研究結果が何らかの形で開示されることを期待したいところだ。 珍しく診察予定時間には診察が終わり、ハナにはここで引き上げてもらい、抗ガン剤を点滴する部屋に移動。混んでいて薬が間に合わないらしく、 30 分の点滴に 90 分ほどかかる。 14:00 ごろ病院を出ると、雨はあがっていて、薄日もさしている。    梅雨明けは まだ先ながら 並木道

6月7日(日)梅雨入り

  今日は梅雨入りとのこと。昼過ぎ、半袖では肌寒いので長袖を着込んで、涼しいうちにキュウリやゴーヤの手(支柱)を立てる作業を思い立つ。  この正月、マコトとハヤトが山の整理をしてくれたときに切った篠竹を運んできて、キュウリとゴーヤの植わっているプランターに7~8本立て、横に2本を紐で結わえ付ける。それを2か所作る。 30 分ほどで終わってしまう。終わるころ、ポツリと雨が降り始める。 しかし、雨は降るともなく止んでしまい、夜になって、やっと梅雨らしい雨となった。 梅雨入りを 野菜の苗と 共に聞く

6月6日(土)あざみ野・散歩(食事・買物)

11:00 出発するころにはカラッと晴れて、徳見は電動車イス、私はママチャリで、あざみ野駅方面へ「散歩」。「電動」は、徒歩より少し早い程度だから、 20 分ほどで駅に着く。 まずは駅に隣接するビルの「地下街」ある「エビノスパゲッティ」という店で食事。 パスタ2品ドリンクセット付きで 2600 円。味も値段も「可もなし不可もなし」というところか。 そのあと、駅前にあるスーパー3軒(オーケー・サントク・東急ストア)全部まわり、ゆっくりと買物。 私は「必要なものを買うために店に入る」ので、買物が終われば、すぐに店を出て次に行きたいのだが、徳見は「品物を見て、ほしいものがあれば買う」ので、時間がかかるのだ。したがって、むかしは「シマダと買物をするとつまらない」とよく怒られたものだった。 その徳見も、最近は「買物に行ってもワクワクしなくなった」「買物がつまらなくなった」とよく言う。体力・気力の衰えもさることながら、「料理に燃えなくなった」というし、外へ出て花を植えたり植物の世話をしたりできなくなったので、「買いたいもの」があまりなくなってしまったのだろう。 それでも、スーパー3軒梯子した後、最後に車イストイレがあるサントクの3階で、「キャンドゥがあるから、見ていこうか」というのだから、徳見の「買物精神」は、まだ残っているようだった。 買物を楽しむ余裕が今はない 生活のため買物困民

6月5日(金)浜銀・サントク/いわい整形外科

   梅雨入りしたかと思うような、どんよりとした天気。このところの気温より大分涼しいので、長袖のシャツを着て、ママチャリであざみ野駅近くの浜銀へ、月初めは、いつも生活費を出金する。そして前回(5 .29 )書いたように、浜銀の前にあるスーパー・サントクへ。 まずは徳見用の干しリンゴを作るためのリンゴを、と見ると、6個入り 798 円となっている。どうやら、前回 690 円と思ったのは、私の記憶違いらしい。それでもロピアよりずっと安い。躊躇なくゲットする……(それにしても、長野はリンゴが安かったなぁと、あらためて思ったりして!)。 あとは、嶋田用の「国産大豆納豆」2個と牛乳1本。徳見は 300 円前後する「四つ葉牛乳」しか飲まないので、少し安めの牛乳である。結局、買ったのはこれだけ……。そして、時々ふらつきながらも、何とか無事にママチャリで帰宅する。 午後は、金曜のヘルパー来訪のあと、いわい整形外科へ、タクシーで往復。 今日も針をやった後は、徳見に反応が出て、血圧上昇、体がだるくて、チター練習はできず、おかげで !?  夕食後は寝るまでたっぷりと時間がある。ありがたい!   梅雨入りを山のアジサイ待ちかねて 様子見ながら色づいてゆく

6月4日(木)台風一過

   私の子どものころは、台風が来るといえば、何か非日常的なことがおこる、何となくワクワクするようなできごとだった。直接台風の被害を受けるような地域ではなかったから、台風が過ぎれば、「台風一過のさわやかな秋晴れ」の下で、あちこちにできた水たまりで「笹舟」を作って遊んだり、道路の水たまりに、産卵のために飛んでくるトンボを捕ったり……、普段とは違う遊びを楽しんだものだ。 しかし今日は、台風が去っても、何となく曇り空の一日。むかしは「台風一過の秋晴れ」というのが相場だったし、そもそも6月に台風などという印象がない。 今日は、 12:30 ~ 16:00 木曜のヘルパー来訪。先日ロピアで買った「生鮭」料理などと徳見の入浴介助。 ところで、鮭はムニエルにしてくれたが、鮭のうまみが全くなく、マス(鱒)という感じである。思わず「まただまされた!」と叫んでしまう。これで何度目になるだろうか、「ロピアの鮭には注意!」と思っていても、つい忘れて、安さと見映えに釣られて買ってしまうのである。 ……とにかく今日は、昨日に引き続き、どこへもでかけることなく、1日のんびり過ごすことができた。   台風が 過ぎて梅雨空 持ってくる

6月3日(水)台風6号・チター講習延期

   昨夜遅く降り始めて、昼過ぎにはほとんどやむ。夕方日が出る。思ったほど風雨は強くなかったが、予報では、今年の夏は台風が多くなりそうだという。エルニーニョ現象とやらの影響らしいが、このところ毎年のことだ。「異常気象」が、もはや異常ではなくなってきた。 いよいよこの地球は、人類が住める環境ではなくなりつつある……かどうか、今年の夏、それが明らかになるかもしれない! とはいえ、人間は、最後の最後まで、生きたいという「欲望」があるから、やっかいなものだ。私にしても然り。余命1年などと達観したように見せても、本音のところは、もっと生きられるのではないか、などと思っている。 ……とにかく、今日は、本来ならば、徳見の車イスを押して、チターを背負って、新宿まで往復するはずだった。台風のおかげで !? 1日のんびりと過ごすことができた。   台風の 雨が上がって ホトトギス