7月7日(火)ヘルパーの別れ2
火曜のヘルパー、来るなり、「母が脳梗塞で倒れ、今月でヘルパーを辞める……」とのこと。徳見と同じヤスコという名前なので、私と徳見の間では「火曜のヤスコ」といっていた。2019.9に初めて来たとき、あまり若いので、徳見「お母さん? それともムスメさん?」ときいた。すると大学・高校・小学校の子どもがいるというので、びっくりしたのだった。
それから7年、小学生だった子は、県立高校の2年生になり、野球部で、第2の大谷翔平をめざして!?いる。両親は長年川崎駅前で小料理店を営んでいたが、この2月ごろ。父親80歳にして、歳には勝てず、惜しまれつつ閉店して、横浜に転居したばかりだった。閉店と転居という環境の激変に、母は耐えられなかっのだろう。
火曜のヤスコは、二人姉妹で、妹はまだ子どもが小さくて動きがとれないため、親の面倒は自分がみなければならないと、覚悟をきめたらしい。
「介護の社会化」といううたい文句で、鳴り物入りでスタートした介護保険制度だが、子どもが親の介護をするという現実は変わらず、介護しきれなくなったら施設へというコースが定番となっている。国が年寄りの面倒をみる必要がない、いわば「姥捨て政策」の中で、役に立たない年寄りは早く死ねと、「尊厳死」などが叫ばれ……。
――2週間後に、もう一度来るはずだが、まるで今日が最後のように、「二人ヤスコ」が、ツーショットで写真を撮ったり、ラインを交換したりする。「7年はアッという間だった」と涙ぐむ場面もあり、木曜のヘルパーとはまた違う別れがあって(6.25)、「人間って、いいなぁ……」などとあらためて感動する。
さよならは 窓辺にヤマバト 集まりて
コメント
コメントを投稿