7月19日(日)茨城からの帰り

「外出もままならない……」と、勝手に思い込んでいたのだが、今朝、ヒサエが「森林公園に弁当を持って、運動のために散歩に行く」という。「いつもは、帰りに買物をしたりするけど、今日はヒロちゃん(私のこと)がいるし、買物も大してないし」……と、手早く弁当を作って、8:00過ぎに、カズオの車で出発する。

10分も走らないうちに「茨城県民の森」に到着し、駐車場に車を停めると、二人はさっさと山道に入っていく。ヒサエは杖をついているが、足どりはしっかりとして、私より早いぐらいだ。カズオは、80歳とは思えないほどの健脚で、ヒサエの前方へ数十メートル進んだかと思うと、戻ってきて、また先へ進むということを繰り返している。ヒサエのペースでは遅すぎるのだ。

私が塾を始める前、まだ30歳前後のころだろうか、カズオは、日本光学という「大会社」で、レンズ磨きの職工をしていた(と思う)。労働組合活動の一環で、彼がヒサエの勤めていた工場にオルグに来て、知り合って結婚したのだ。彼は、会社の山岳部にも所属していて、ヒサエの工場の同僚の女性2人も誘って(そして私も誘われて)、5月の連休や夏休み・正月休みなどに、テントを背負って、丹沢や南北のアルプス・大菩薩峠その他、今すぐには思い出せないが、いろいろな山を登った。

私がちょうど30歳の夏、立山に登り、山頂付近でテントを張って泊まったとき、高山病にかかって、それこそ「死ぬ思いで」何とか帰宅した。1週間ほど寝込んで、治ったが、ちょうど10年間吸っていたタバコが吸えなくなったという、忘れられない思い出を残してくれた。

やがて私が塾を開いて忙しくなったり、ヒサエたちに子どもができたりして、山からは遠ざかってしまった。

しかし、カズオは、日常的には、息子のジュンイチとマラソンをしていたというから、今は「何種類も薬を飲んでいる」といい、みたところやせこけて(体重は、62キロある私より「10キロは少ない」という)、ヨボヨボしているが、その健脚は筋金入りだ。

30分ほど歩いて、駐車場にもどり、車で2~3分移動して、「運動公園」の外れにある静かな場所で持参の弁当を食べて帰宅。毎日(ではないと思うが)こんな生活ができるなんて、いい余生を送っているものである。

11:00ころ瓜連駅まで車で送ってもらい、来たコースを逆にたどって16:00ごろ帰宅。往きは、どの電車に乗るかウロウロしたりして6時間、帰りは様子が分かったので、迷わず5時間。もし、車イスの徳見が一緒だったら、もう1時間余分にかかったかもしれない。

 道きいて電車探してオロオロと 移動も旅の楽しみのうち

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