7月11日(土)草木染
徳見が「桂川タピスリー工房」の「草木染講習」に初めて参加したのは、2002.5.22だった。
その前年の7月には、9年かかった「リハ裁判」が最高裁で棄却・敗訴となった。そして、2000.6に提訴した、解雇無効を訴える「障労裁判」が、05.6に最高裁で棄却・敗訴となり、やっと、2つの裁判が完了して、06ごろから、年に5回ほどの「講習」に、毎回のように参加するようになった。
朝8:00、私の運転するハイエースに、チターと弁当・水筒・お菓子袋を積んで、徳見は助手席の後ろの席に座って、1.5~2時間ほどで、橋本駅から少し入った道志川のほとりにある「工房」に到着する。こうして、20年経った。
私が車の運転をやめた昨年9月以後は、草木染に行けなくなってしまった。どうしてもあきらめきれない徳見は、橋本在住の村田キミオ・サヨコ夫妻(5.13)に相談すると、橋本駅から車で送迎してくれて、一緒に参加することになった。
徳見が最後に参加したのは、昨年の5月だから、1年ぶりだが、草木染は1年前と全く変わらず進行する。ただ私は、待っている間、チターの練習などをしていたのだが、今回からは、チターを持参することができず(橋本駅まではタクシーと電車なので……)、代わりにノートPCを背負う。
午前中、村田さんの案内で、1時間ほど周辺を散歩をして、彼から、大山道・火伏地蔵・庚申塚、あるいは「東海自然歩道」を歩いた話などをききながら、いわば「歴史散歩」を楽しむ。彼の持っている膨大な郷土史の資料や豊富な知識など、後世に何とか残すべきだと思いながら、貴重な話をきいていた。
コメント
コメントを投稿