5月13日(水)カッパの会
徳見は、昨日から微熱とだるさで、「今日は行かない」という。徳見が行かないと村田夫人が女性ひとりで、がっかりすると思い、しきりに参加を勧めるが、こういうときは、ガンとして受けつけないのが徳見である。
約束の橋本駅に着くと、結局、村田夫人は不参加で、村田・嶋田・林・松沢、そして國澤(到着順)のジィさん5人。結果的に徳見は来なくてよかった……。
いつもの中華料理店「謝朋殿」で、1500円程度の料理をそれぞれ1品。5人ともきれいに平らげて、13:00過ぎから、16:00まで、3時間近く、サービスのお茶を何度もお替りして、おしゃべり。例によって話はとりとめもない。畑の収穫の話から、古文書の話、古本屋談義、柳田国男や夏目漱石、認知症やら、年寄りが集まれば必ず出る病気や医者の話、そしてそれぞれの「ガン自慢」などなど、いつまでたっても、話は尽きそうにない。こんなとりとめもない話のどこが楽しいのかよく分からないが、「人間って不思議だよなぁ、やがて消えて行ってしまうのに……」という89歳の國澤の言葉に、一同何となく共感を示したのは、みんなそれぞれに「自分の死」というものを実感として感じられるようになったということなのだろう。
後日(5.16)林から「感想」メール
早々に写真とブログを送っていただいてありがとう。「カッパの会」がどんな経緯で始まったのか、年齢も若い村田さん、松沢さんと貴兄がどんないきさつでこの会をやるようになったのか、なんでこんなに長くつづいているのか、4月29日に貴兄がくれたメールにちゃんと書いてあり、ぼくはそれを一回読んでいるのに、ボケ始めたぼくの頭はそれをしっかり筋道だって記憶の中に定着することなしに、貴兄と國澤さんに会うために橋本での会に参加したような気がする。だから、最初は何を話したらよいのか、自分の耳にとどいてくる言葉や会話をどう理解したらよいのか、薄らぼんやりと受け止めていたような気がするけれど、しかし、そこはみんな長い人生を生きてきた人々で、お互いに関心があるような、ないような会話でも、言葉をやり取りしているうちに、なんとなく話が交差するようになるから不思議で、それなりにお互いを理解し、受け入れることができるようになったような気がする。ぼくには、それはそれで楽しいひと時でした。貴兄がメールでいっていた「がん自慢」という言葉も至言で、この年になるとうまくいっていても、苦しい闘いをしいられていても、それぞれみんな「闘ってきた自分」を少しばかり褒めてやりたい気分になるんだよ。その闘いの過程を少しばかり誇らしげに語りたくもなる。ほんとうに、この年まで生きてくれば、みんな心も体も疲れ果てているのが普通で、ボロボロになっているのに違いないんだと思う。過ぎてみれば、二十歳ごろからの人生はあっという間だったけれど、まあよくここまでなんとか生きてこれたものだと思うこともあるよ。
貴兄も、抗がん剤治療がひと段落したと言っていたけれど、國澤さんと京王線へ向かうとき、嶋田氏はご飯もしっかり食べていたから、よかったよね、というような言葉を交わしあった。どうかお互いにだけれど、大事にして、がんばってください。
あと半年……ぽつりと言ったカッパさん 「ガン自慢」などする暇もなく
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